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【海外の反応】中東やアフリカの難民/ 移民はなんでアジアじゃなくて欧州に行くんだ?

歴史・文化

投稿主
中東とかアフリカの難民や移民って、なんで欧州じゃなくてアジアの方には行かないんだ?

俺は欧州の人間で、純粋に気になったから聞いてみた。
別に移民や難民をどうこう言うつもりはない。歴史を見れば、人間がより良い生活を求めて移動するのは当たり前だしな。
昔は欧州の人間だって、チャンスを掴むためとか飢えを凌ぐためにアメリカに渡ったりしたわけだし、彼らを責める権利なんてないよ。

誰か詳しいやついたら教えてくれ。

海外の反応

1. 海外の反応
実際そうだよな。一時期なんてレバノン人の5人に1人がシリア難民だったし。レバノンもヨルダンも国連に「もう限界」って泣きついてるレベル。
→2. 海外の反応
トルコなんて欧州全部合わせたより多くのシリア難民を受け入れてるからな。
→3. 海外の反応
それな。
→4. 海外の反応
1970年代にはパレスチナとかイスラエルからの難民がヨルダン政府を転覆させようとしたことまであったし。そんな目に遭ってもまだ難民を受け入れようとするのは、慈悲深すぎだろ。
→5. 海外の反応
待て、それって「黒い九月」のことか?
→6. 海外の反応
そうだよ。重要なのは、1950年にヨルダンがヨルダン川西岸地区を併合してから1967年の第三次中東戦争でイスラエルに奪われるまで、パレスチナ人はヨルダン市民だったってこと。だからパレスチナ問題はヨルダン自身の政治と密接に絡んでたんだよ。1988年まで西岸地区の領有権を放棄してなかったしな。西岸地区を失った時、膨大な数のパレスチナ系ヨルダン市民がヨルダン本体(東岸)に逃げ込んだわけ。

1970年代のヨルダンの人口の半分以上、たぶん60〜70%くらいがパレスチナ系だったし、議会の議席も半分はパレスチナ人に割り振られてた。当時の国王は、自分こそがパレスチナの正当な統治者で、パレスチナ人は自分の臣民だって考えてたんだ。ヨルダン人の多くもパレスチナ人を同胞だと思ってた。今でも人口の6割はパレスチナ系で、完全に社会に溶け込んでる。今の王妃様だってパレスチナ系だしな。

「黒い九月」は、ヨルダンを拠点にしてたアラファト率いるPLO(パレスチナ解放機構)が、イスラエルにゲリラ攻撃を仕掛け始めたのがきっかけ。ヨルダンはそれを止めようとしたんだけど、戦果に勢いづいたPLOが「いっそヨルダン王室をぶっ潰して、パレスチナ寄りの新政府を作っちゃおうぜ」ってクーデターを画策したんだよ。民衆の支持もあったし、シリアもパレスチナ側に肩入れして介入してきた。当時は「パレスチナ独立」っていうより「どこか他のアラブの国がパレスチナを統治する」って考えが主流だったから、パレスチナとしてのナショナル・アイデンティティが固まりかけてた時期の話だな。

→7. 海外の反応
補足すると、もともとヨルダンって国自体、委任統治領パレスチナの大半の土地を割いて作られたんだよね。君が言った事件は、パレスチナ人が「アラブ人一般」から切り離されて、一つの独立したグループになっていく過程で起きたことでもある。
→8. 海外の反応
サンキュー!PLOがちょっと共産主義寄りだったのも、王室をぶっ潰そうとした理由に関係あると思う?
→9. 海外の反応
あるね。特にPLOの中でもファタハよりさらに左派のPFLP(パレスチナ解放人民戦線)とかDFLP(パレスチナ民主解放戦線)が暴走を煽ってた。ファタハは内戦になるまで王室と上手くやろうとしてたけど、もっと過激な連中に「腰抜け」と思われないように必死だったんだよ。シリアやイラクのバアス党政権も焚きつけてたしな。

アメリカ行きの旅客機4機をハイジャックして砂漠の軍用滑走路に着陸させた「ドスン・フィールド・ハイジャック事件」を起こしたのも、ジョージ・ハバシュ率いるPFLPだ。アムステルダムでのハイジャックとも連動してて、犯行にはニカラグアのサンディニスタのメンバーも加わってた。当時は世界中の共産主義グループと繋がってたんだよ。PFLPはマルクス・レニン主義を掲げるガチの共産党だから、アラファトのファタハよりずっと思想が強かった。

→10. 海外の反応
記憶が確かなら、ヨルダン国王を暗殺しようとしたんじゃなかったっけ。まあ、クーデターというか反乱だわな。
11. 海外の反応
厳密に言うと、当時は「難民」じゃなかったんだよ。1950年にヨルダンが東エルサレムを含む西岸地区を併合して、1967年まではガザ出身者も含めて全員にヨルダン市民権を与えてたから。ヨルダンはもともと「トランスヨルダン(ヨルダン川の向こう側)」って名前だったけど、川の両岸を支配下に置いたから「ヨルダン」に改名したんだ。その後、1967年の第三次中東戦争で西岸地区をイスラエルに奪われた。

だから、逃げてきた人たちは「ヨルダン領の西岸地区」から、自分たちが市民権を持ってる「ヨルダン本体」に移動してきただけで、政府に対して「奪われた土地を取り戻せ」って要求してたんだよ。当時のヨルダン人も、西岸地区は自分たちの領土だと思ってたし、パレスチナ人はヨルダン人の一部だと思ってたから支持してた。単なる「お客さん」や「難民」じゃなくて、平等な権利を持つ国民として発言権があったんだ。1988年にヨルダンが西岸地区の領有権を正式に放棄するまでは、逃げてきた人たちに自動的に市民権を与えてたし、今ヨルダンにいるパレスチナ難民のほとんどはヨルダン市民だよ。

→12. 海外の反応
つまり「国内避難民」だったわけか。別の国に行ったんじゃなくて、同じ国の別の場所に移動しただけなんだな。
→13. 海外の反応
国連の用語で言うと「国内避難民(IDP)」だな。「難民」の定義は、自分の国の外に出ていることが条件だから。
→14. 海外の反応
あと、ナクバ(パレスチナの破滅)の時に追い出されてヨルダンに行かざるを得なかった人も大勢いる。
15. 海外の反応
トルコを忘れちゃ困るな。シリア難民を世界で一番多く受け入れてるんだから。
16. 海外の反応
レバノンとシリア隣同士だし、そりゃレバノンに行くのは当然だろ。
17. 海外の反応
「なんでロヒンギャやカンボジア人、ラオス人は戦争の時に欧州に逃げないんだ?」って聞くようなもんだ。単に地理の問題だよ。中東の人はトルコを抜ければすぐ欧州だし、アフリカの人も北アフリカから地中海を渡ればいい。

シリアやパレスチナの難民だって、中央アジアに行こうと思えば行けるだろうけど(イスラム教徒が多いし同情的だしな)、現実はレバノン、トルコ、ヨルダン、イラクとかに留まってる。欧州人は自分たちが一番難民を引き受けてると思いたがってるけど、事実は違うぞ。

アフリカからアジアに行こうとしたら飛行機に乗るしかないし、海路は危険すぎる。

→18. 海外の反応
シリアやパレスチナから中央アジアに行くのは、陸路だとアフガニスタンやイランを通らなきゃいけないから無理ゲーだろ。仮に突破できても山岳地帯で気候はきついし、トルクメニスタンみたいに鎖国状態の国は入れてもくれない。おまけにロシア語も覚えなきゃならんしな。
19. 海外の反応
ラオス難民のほとんどはタイのキャンプに収容されてから、各国のスポンサーを待ってたんだよ。カナダ、オーストラリア、ベルギーとかに行った人もいる。でも大半はアメリカに行った。ニクソンかフォードが難民支援法にサインしたんだと思うけど、アメリカが散々爆撃したことへの罪悪感もあったんだろうな。米軍機がゴミとか壊れた機材までバラ撒いていったなんて話も聞くし。
→20. 海外の反応
アンソニー・ボーディンの「No Reservations」のラオス編、最高だよ。みんなに見てほしい。ラオス系アメリカ人として、アメリカが何をしたのかを突きつけられて目が覚める思いだった。それでもなお、ラオスの人たちが彼に食べ物を出して歓迎してくれたのは誇らしいよ。まあテレビ用ってのもあるだろうけど、彼はそれを茶化さずに真摯に受け止めてた。近所の人に誰彼構わず食事を振る舞う、うちの家族を思い出したわ。
21. 海外の反応
そうとも言い切れないぞ。北アフリカには欧州に渡るチャンスを待ってるバングラデシュ人が大勢いるしな。今の移民ルートはめちゃくちゃ複雑だよ。
→22. 海外の反応
それは難民っていうより、不法入国の経済移民だろ。それだって結局は地理的な理由でそこに来てるわけだし。
→23. 海外の反応
バングラデシュ人は難民じゃないだろ。難民のふりをしてる奴はいるけどな。戦争も深刻な危機も起きてないし、ただ稼げる場所を探してるだけ。
→24. 海外の反応
ロヒンギャのことをバングラデシュ人と呼ぶ連中もいるから、投稿者はそのことを言ってるのかもな。ミャンマーはロヒンギャを自国民と認めずに「バングラデシュからの不法移民」って呼んでるから。

ロヒンギャ難民の多くはバングラデシュに逃げるけど、そこでも差別や偏見に晒されるし、劣悪なキャンプの外で暮らすことも許されない。だからさらに別の場所を目指すんだよ。

あと、ロヒンギャ以外でも正当なバングラデシュ人難民はいるぞ。虐殺の標的にされたヒンドゥー教徒とか。最近も革命があったし、政情不安で宗教絡みの暴力も増えてる.選挙前には政治的なリンチも横行してた。独裁者が反対派を狙い撃ちにしてた時期もあるし、難民になる正当な理由はいくらでもある。

→25. 海外の反応
その通りだね。中東難民に比べれば数は知れてるだろうけど、正確な統計は持ってないや。
26. 海外の反応
アフリカには50以上の国があるんだろ?その中に難民が安全に暮らせる国が一つもないって?マジかよ。
→27. 海外の反応
アフリカ諸国内にも膨大な数の難民がいるぞ。「みんな欧州を目指す」っていうのは迷信だ。

欧州に行く連中は、馴染みやすい場所を選んでるだけ。主に言語の問題だな。フランスやベルギーにアフリカ系難民が多いのはフランス語が通じるから。英語が喋れるなら、たとえ第2言語でもイギリスやアイルランドなら仕事が見つかりやすいと期待する。イギリスのソフトパワーのせいで「イギリスは公平で誰でも歓迎してくれる」っていう幻想が広まってるのもあるしな。

→28. 海外の反応
ベネズエラ人も同じだね。アメリカに来てるのはほんの一部で、ほとんどはコロンビア、ペルー、ブラジル、チリ、アルゼンチンなんかの近隣諸国に逃げてる。
29. 海外の反応
アフリカ人が英語やフランス語圏の国を目指すのは、植民地時代の名残でその言語が話せる人が多いからだろうね。言葉がわかる(あるいは親戚がいる)国に惹かれるのは当然だわな。
→30. 海外の反応
大きな要因は、すでに仲間がいる場所に行くってことだよ。友達や家族、せめて言葉が通じる人がいれば、新生活の立ち上げが全然違うからな。
→31. 海外の反応
あと、差別な。日本や中国にアフリカ人コミュニティが全然ないのには、それなりの理由があるだろ。
→32. 海外の反応
日本や中国は、そもそもその国の血を引いてないと市民権を取るのが絶望的に難しいしな。
→33. 海外の反応
それどころか、同じ民族であっても海外育ちってだけで仲間外れにされることすらあるからな。
34. 海外の反応
そもそも、中東の移民は欧州より他の中東諸国への移動の方が多いんだよ。
推計だと中東諸国間の移動が約4000万人で、欧州へは3000万人くらい。
ただ、サハラ以南のアフリカからは欧州(800万〜1100万人)の方が、中東・北アフリカ(300万〜500万人)より多い。彼らはキリスト教徒が多いから、欧州を好むのは筋が通ってる。

東南アジアについては、アフリカや中東からの移民は300万〜600万人くらいかな。中国に200万人、日本に数十万人、韓国に10万人くらい。

結論:
アフリカ人や中東の人が自分の地域内で移動しないなんてのは嘘。実際は欧州に行くよりずっと多く、地域内で移動してる。
ただ、イスラム圏じゃないアジアへの移動が少ないのは事実だね。

→35. 海外の反応
同感。ほとんどの移動は大陸間じゃなくて地域内で行われてる。欧州の話ばかりが注目されるけど、中東やアフリカの人は近くて、楽で、宗教よりは仕事や政治的な理由で隣の国に動いてるだけ。
→36. 海外の反応
中国にいる外国人なんて全部合わせても100万人もいないぞ。アフリカ人が200万人もいるわけないだろw
→37. 海外の反応
アフリカから難民として中国に行くのは、通過しなきゃいけない国が多すぎて無理ゲーすぎるわな。

ただ、中東から中国に逃げてる人はいる。ある程度教育を受けてて金がある連中だけど。学生ビザで中国の大学に逃げ込んで、卒業後に就労ビザや起業ビザで居座ってるシリア人とかね。北京のシリア料理店に行ってみな、経営者はみんな内戦中に脱出してきた連中だから。

イギリスやフランスにも戦地からの留学生はいるけど、卒業後に厳しい就労ビザの基準をクリアして残るか、無理なら別の場所を探すか、その時点で初めて難民申請するかだな。
イギリスの難民がみんなボートでやってくるわけじゃないんだよ。

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