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1945年8月9日 – 長崎が、アメリカ軍のB-29ボックスカーによって原子爆弾「ファットマン」が投下されたことで壊滅した。2万3200〜2万8200人の日本の軍需工場労働者、2000人の朝鮮人強制労働者、150人の日本兵を含む3万5000人が即死した。

海外の反応
Redditの全会話を円グラフにしたら、いつも申し訳程度に『歴史の本なんて読んだことないけど原爆投下は間違ってた』って主張が一切れ入ってそう
本当の意味での総力戦・大国同士のガチ戦争なんて、あれ以来起きてないよな
朝鮮戦争は違うだろ。最初こそソ連製の戦車や武器で武装してたけど、本当に脅威だったのは結局、人海戦術で押し寄せてきた中国軍くらいのもんだった
ベトナム戦争もかなり総力戦っぽくないか?第二次大戦全体より多い爆弾を落としてるわけだし
ベトナム戦争なんてほぼ20年も続いてたしな
力を見せつけるだけなら他に爆撃できる場所はいくらでもあったのに、わざわざ民間人を狙ったんだよな
力を見せつけるためじゃなくて、戦争を終わらせるためだよ
ネタバレしとくと、実際に効いた
ソ連の参戦の方が原爆より大きい要因だったと思うけどな
いや、ソ連には太平洋艦隊がなくて、アメリカ海軍の大規模な支援なしには日本本土を脅かせなかった
考慮すべき要因の一つではあるけど、史上最も破壊的な爆弾より大きな要因だったかって言われたら、絶対に違う
それに(ソ連参戦だけだったら)三者とも間違いなく死者はもっと増えてたし、最後まで戦い抜こうとするナショナリズムの勢いも止まらなかったはず。空から核分裂を落としたことで、よほどの狂信者以外の日本人にとって『もう勝てない』ことが完全にはっきりしたんだよ
日本はもう負けてることは分かってたし、降伏する準備があることも示してた。一番恐れてたのはソ連の参戦。原爆は、アメリカが核を独占してることを世界に見せつけるために落とされたんだよ
準備してたのは『条件付き降伏』な。原爆は、アメリカが何度でも同じことができるってことを見せつけた。だから無条件降伏しか選択肢がなくなったんだよ。将軍たちは最後の子供一人まで戦わせたがってたし
天皇が降伏すると将軍たちに告げたとき、あいつらは文字通りクーデターを起こそうとした
生き神様として崇めてた本人を、両方の原爆が落とされた後ですら、戦争を続けさせるために引きずり下ろそうとしたんだよ
つまり中国にある満州へのソ連侵攻の方が、原爆の登場より日本降伏の大きな動機だったって主張してるわけだ。ちょっとそれ、よく考えてみろよ。最高戦争指導会議(六人)の膠着状態を打破する決め手になったのは昭和天皇で、天皇自身『原爆の登場によって日本の戦略は完全に無効化された』と述べてる。だから降伏するしかなかったんだ。俺には君の主張は間違ってるように聞こえるけど、ソースがあるならぜひ見せてほしい
現実逃避もいいとこだろ(笑)。都市が2つ、それぞれたった一発の爆弾で地図から消え去ったのに、それが日本の意思決定にほとんど影響しなかったなんて、なんでそんな体で言えるんだ。ソ連に占領されるかもって話より、よっぽど恐ろしくて残酷な話だぞ
日本の多くの都市は、何ヶ月にもわたる焼夷弾爆撃によって、原爆以上の壊滅的被害をすでに受けてた。東京大空襲の死者数なんて原爆の比じゃないくらい多い。原爆は決定的な要因なんかじゃなかった。原爆使用を正当化するために『決定的だった』ことにしたいだけの現実逃避だよ
それでも原爆の方が焼夷弾爆撃よりずっと心理的インパクトは大きかったんだよ。心理戦って実際にあるもので、軍には敵の戦意をくじくことに特化した部隊まである。結局戦争は『戦う意志』の勝負だからな。相互確証破壊(MAD)の理論だって、核兵器そのものが戦術的に有効かどうかじゃなく、『報復される恐怖』の概念で成り立ってる
それ完全に的外れだろ(笑)
日本は原爆が落とされようが落とされまいが、どのみち降伏する予定だったんだから
1発目の原爆だけで戦争を終わらせるには十分だったって主張もできると思う。
長崎の原爆資料館に行ったとき、あの時点で日本はどのみち降伏せざるを得なかったっていう資料を見た。2発目は過程を早めただけで、結果自体には余計だった可能性が高い。原爆1発と焼夷弾爆撃だけでも、日本にはもう勝ち目がないことを示すには十分だった
重要なのは『まだ何発でも落とせる』と証明することだったんだよ。日本は戦争をやめる素振りなんて外からは全く見せてなかった。当時の記録を読んでない今の人たちは、日本がどれだけ戦争を崇めてたか分かってない。天皇の突然の演説と、2発の大規模な爆撃で戦争継続が現実的じゃなくなるまで、本気で戦い続けるつもりだったんだ
日本はアメリカがまだ爆弾を持ってることを知ってた。
当時の記録もいくつか読んだけど、長期間戦うつもりではあったものの、核兵器に対する防御手段は何もなくて、降伏しなきゃいけないことは分かってた。ただ、それには少し時間がかかった。
だから2発目の原爆は戦争を終わらせるのに必要だったとは思わない。実際、2発の投下の間にアメリカ国内では日本の降伏について内部で話し合いがあったし。
本当のところ何が起きてたかは誰にも分からないけど、その後の数十年を見れば、核兵器の脅威が戦争を避けるのにものすごく効果的だってことは証明されてるよな
日本が『どのみち降伏する』段階に達してたのは、評論家気取りの連中が思ってるよりずっと早い時期だったんだよ。日本の攻勢的な太平洋戦争は、実はかなり早い段階で負けが確定してたのに、ただの愚かさで戦い続けてただけ
『やれと言うなら、半年は太平洋で暴れてみせる。だがそれ以上となると、勝てる見込みはない』
――山本五十六提督が、真珠湾のアメリカ太平洋艦隊への攻撃を命じられた際、日本の大本営に語ったとされる言葉のおおよその訳
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民間人を直接狙ったわけじゃなくて、軍事インフラを狙ったんだよ。それに、戦争が長引いた場合の民間人犠牲者数なんて想像もつかないレベルになってたはず
じゃあお前なら代わりにどこを爆撃してたんだよ?
ツァーリ・ボンバは辺鄙な島に落とされただけなのに、それでも世界中にとんでもない衝撃を与えたぞ
その頃にはもう核がどういうものか、みんな知ってたんだよ。
でも当時の日本人相手に、光った閃光とサイズもよく分からないキノコっぽい雲の写真数枚見せたところで、誰も納得させられなかっただろ
そもそも日本人には核兵器についての予備知識なんて何もなかったわけだし
そもそもくだらない仮定の話だよ。事実として、どの将軍・提督に聞いても日本は降伏する気だったって話になる。それなのにアメリカは戦争犯罪をやらかして民間人に核を落とした。俺は個人的に戦争犯罪を支持しない
だったらなんで軍部は、天皇の降伏を止めようとクーデターを起こそうとしたんだよ?
じゃあ代わりにB-29で日本の全都市を焼夷弾爆撃するのを支持するのか?
『お願いだから降伏して』って優しく頼むだけじゃ降伏なんてさせられないんだよ。
(空軍のトップ)ハップ・アーノルドはそれを望んでた。
それでも日本が意地を張り続けるなら――実際そういう傾向があったわけだが――次は地上侵攻だ。
それがもう一つの選択肢だよ
いや、文明社会に爆弾を落とすこと自体が戦争犯罪だろ。俺は戦争犯罪を支持しない。じゃあお前は何を支持するんだ?
第二次大戦当時、防衛されてる都市への爆撃は戦争犯罪じゃなかった。『勝者の裁き』だと思うかもしれないけど、ドイツ側もロンドンやコヴェントリーへの爆撃で訴追されたやつは誰もいないぞ
その2点、両方とも完全に間違ってる。1945年7月時点で、大日本帝国軍は提示された条件での降伏をまったく受け入れる気がなかった。一部の上層部の軍人は、自分たちが権力を握り続けられる条件でなら降伏してもいいと思ってたけど、最終決定をしてたのはそいつらじゃない。
それに、戦争のルール上、広島も長崎も正当な軍事目標だった。軍事目標への攻撃で二次的に発生した民間人の死は、今でも戦争犯罪には当たらない
違うだろ、それは1961年の話で、ソ連はそんなものが必要な戦争状態にはなかった。あれはただの実験だよ。アメリカやフランス、後の中国もやったのと同じような
ツァーリ・ボンバは10年後に開発されたもので、1945年に使われた原爆の100倍、下手したらそれ以上の威力があるぞ
アメリカが原爆2発じゃなく日本本土に地上侵攻してたら、日本を降伏させるまでに何百万人も死んでたって戦争情報部は言ってた。それにソ連ももっと領土を取りに来て日本にも侵攻してただろうから、それでさらに死者が増えてたはず。あと爆撃された2都市はどちらも日本軍にとって重要な場所で、長崎には中国・満州での軍事作戦の資金源になる物資を運び込む大きな軍港があった。しかも長崎はそもそも2発目の原爆の本来の標的じゃなくて、本来の標的に到達・視認できなかった場合の予備標的だったんだよ。実際そうなって、しかも雲で覆われてたせいで2発目の投下自体を中止しかけたくらいだった
その数週間前に沖縄で起きたことを考えたら、アメリカ軍にとって『民間人』なんてカテゴリーはそもそも考慮されてなかったと思うぞ
まるでアメリカがこの1年、日本本土のほぼ全ての主要都市を焼夷弾で焼き払ってこなかったみたいな言い方だな。
マジな話、原爆1発で都市を消し去るのと、大量の焼夷弾で都市を焼き尽くすのと、実際何が違うんだよ。どっちにしろ大勢の民間人が死ぬことに変わりないだろ
ふーん、その『民間人』たちって毎日どこに働きに行ってたんだろうな
世界中が総力戦をやり合ってた状況を考えるとなおさら。総力戦では誰もがターゲットになるんだよ
原爆の数には限りがあったし、日本が本当に降伏するかどうかも確信が持てなかった。だから、計画してた侵攻に対する日本の抵抗力を削ぐために原爆を使ったんだよ。東京湾とか、何もない野原とか、意味のない場所に原爆を無駄遣いするつもりなんてなかった
原爆が日本に2発落とされる頃には、みんなもう戦争にうんざりしてた。とにかく終わってほしかっただけなんだよ。日本本土への地上侵攻をやったら、アメリカ人だけで最大100万人が死ぬと見積もられてたから、原爆を選んだ。
うちの母はオアフ島で軍人の子として育った。母を含む多くの軍人家族は、戦争が近いと分かってたから1941年の*7月*には船団で疎開させられてたんだ。
母の家族の友人の一人は1941年12月7日、アリゾナに乗ってた。今もそこにいる(=戦艦とともに沈んだまま)。1945年になる頃には、アメリカ人のほとんどはただ戦争が終わってほしいだけで、日本人の福祉なんて気にかけてる余裕はなかったんだよ
あと、20年後にジャングルで発見されたあの兵士(小野田さんのことだと思う)は、日本語で書かれた新聞を見せられて『日本は負けてない』と確信してたらしい。彼の理屈だと、もし日本が負けてたら日本語も日本人もこの世に存在しなくなってるはずだから、というわけ
歴史の本じゃないけど、トルーマン記念図書館には彼が娘に宛てた手紙が保管されてる。あの決断には彼自身、間違いなく道徳的に苦しんでた。将軍たちが被害・死者数を実際より少なく見積もらせてた印象を受けたな。それが本当の問題だと思う。もしトルーマンがトリニティ実験の破壊力をその目で見てたら、判断は違ってたんだろうか。原爆投下後、彼は自分の評判管理に必死だった
いやいや(笑)、将軍たちが原爆の被害を『少なく見積もらせた』なんて事実はないぞ。なんでそんな適当なこと言ってるんだ?
手紙じゃなくて、何年も前に読んだ日記の記述だったと思う。トルーマンとスティムソンが『軍人だけが死ぬように』っていう合意にどうやって至ったのかは分からないけど、どうもスティムソンがトルーマンに『民間人はそんなに死なない』と思い込ませたっぽい。でも実際は、広島は重要な軍事目標とされてたのに、犠牲者の大多数は民間人だったんだよな。
出典: digitalhistory.uh.edu「原爆についてのトルーマンの日記」(1945年)より
1945年、ハリー・トルーマンは歴代大統領の中でも屈指の難しい決断を迫られていた。1945年4月のフランクリン・ルーズベルトの死により大統領に就任したトルーマンは、ナチス・ドイツ降伏後、対日戦争をどう終わらせるか決めなければならなかった。日記には『日本への戦略を決めなければならない――日本本土に侵攻するか、それとも爆撃と封鎖で行くか』と記している。
日本は最後まで戦い抜くつもりで降伏する気はない、とトルーマンは知らされていた。すでに数十万人を殺してきたアメリカの爆撃作戦だけで日本を降伏させられると考える者もいれば、日本本土への侵攻には数万人規模の犠牲が伴うと考える者もいた。そして大統領就任から2週間も経たないうちに、原爆開発の極秘計画の存在を知らされる。1945年7月16日、TNT火薬数千トン分の威力を持つ兵器の実験が成功したことを知る。
アメリカとイギリスは日本に『降伏か、さもなくば完全な破滅か』という最後通牒を突きつけた。日本政府が応じなかったため、トルーマンは原爆使用を承認。正式な承認を求められた際、彼は迷わずこう書いた――『提案を承認する。準備ができ次第、投下せよ』
【日記本文】
我々は史上最も恐ろしい爆弾を発見した。もしかしたらそれは、ノアと彼の伝説の方舟の後、ユーフラテス渓谷の時代に預言されていた、火による滅びそのものかもしれない。
とにかく我々は、原子の崩壊を引き起こす方法を見つけた『と思う』。ニューメキシコの砂漠で行った実験は、控えめに言っても衝撃的だった。わずか13ポンドの爆薬が、高さ60フィートの鋼鉄の塔を完全に消し去り、深さ6フィート・直径1200フィートのクレーターを作り、半マイル先の鋼鉄の塔を倒し、1万ヤード先にいた人間まで吹き飛ばした。爆発は200マイル以上先からも見え、40マイル以上先まで音が聞こえた。
この兵器は、今から8月10日までの間に日本に対して使用される予定だ。私は陸軍長官スティムソン氏に、標的は軍事目標・兵士に限定し、女性や子供を狙わないよう伝えてある。日本人がいくら野蛮で、容赦なく、残忍で、狂信的だとしても、我々は世界の指導者として、全人類の福祉のために、あの恐ろしい爆弾を古都や新しい首都に落とすわけにはいかない。
スティムソン長官と私の意見は一致している。標的は純粋に軍事目標とし、日本に降伏を促し人命を救うための警告声明を出すつもりだ。おそらく応じないだろうが、それでも機会は与えたことになる。ヒトラーやスターリンの一派がこの原子爆弾を先に発見しなかったのは、世界にとって本当に幸運なことだった。恐ろしい代物には違いないが、これは最も有用なものにもなり得る。
アレックス・ウェラースタイン博士が唱えてる、かなり説得力のある説がある。彼はそれを『京都の誤解』と呼んでるんだけど、トルーマンは原爆投下について実はかなり大きな思い違いをしていたという内容だ。要するに、陸軍長官ヘンリー・スティムソンと京都を標的から外す話をした際のやり取りが原因で、トルーマンは実際よりもずっと『純粋な』軍事目標に近いものを爆撃するんだと思い込まされていた、というわけ。
それに加えて、トルーマンは長崎が爆撃されることを事後になるまで知らなかった可能性が高いという事実も踏まえると、彼を『表向きは強気を装いつつも、内心は葛藤していた』と表現するのはかなり的確だと思う
